ボーカルコンプレッサーの使い方を知る【後編】

・コンプレッサーについてより深く知りたい。

・使い方だけではなくさらに深い視点で理解したい。

・ボーカルコンプレッサーへの実践を行いたい。

そんな、悩みにお答えします。

本記事の内容

  1. レシオ
  2. スレッショルド
  3. マルチバンドコンプの活用
  4. 複数のコンプレッサーの活用
  5. 前・後編のまとめ

この記事を書いている私は、ミックス歴5年ほど

下記のツイッターモーメントから私がミックスしている曲が聴けます。

前編で解説している通り、現代のミックス・マスタリングの音作りにおいて、

  • 滑らかなサウンドを追求していく必要性があること
  • 言語によってその特徴を見極め、適切な対応が必要なこと
  • モニター環境を整えることの重要性
  • 自分の耳の調教が必要であること

これらについてご理解いただけていればと思います。

前編はこちら

そして、今回はこれらの概念をどのようにボーカルコンプレッサーに活用していくかについて解説していこうと思います。

1レシオ

レシオは12:1など深いレシオ値も視野に入れなければならない。

巷では、4:1くらいがレシオ値の適正と言われていたりしますが、現代のサウンド傾向を鑑みると、この値を一般論と捉えるべきかどうか甚だ疑問です。

レシオの機能を考えてみましょう。


レシオとは、シュレッショルドを超えた入力分を、4:1なら4分の1、12:1なら12分の1に音量を下げるというものです。

例えば、レシオ4:1でスレッショルドを4db超えていたら、3db音量が下がるわけです。

これが仮に、1db超えていただけの場合と10db超えていた場合が混在しているとしましょう。

すると、4:1の設定では7.25dbもの差が生じていることになります。

逆に12:1であれば、その差は約0.74db程度に抑えられるというわけです。

極端な例になってしまったかもしれませんが、ピーキーな日本語をなんとか現代的なサウンドに寄せる上で、レガーシーな思考で停止したまま、「ハイレシオ=NG」などと固執するべきではありません。

レシオ値において「普段通りの設定」から脱出する意識を常に持つことで、より完成形(ユーザー)主体の処理を施せるようになるでしょう。

2スレッショルド

低レシオ+スレッショルド浅 ⇄ 高レシオ+スレッショルド深

低いレシオ・浅いスレッショルドから始め、レシオを高めながら、スレッショルドを深くしていき、ダイナミクスの切削量を決めていきます。

この方法では、ダイナミクスレンジを一定にしたまま、素材に対して、機械的な処理をフレキシブルに行える利点があります。

一見、機械的な処理というのは好ましくないように聞こえるかもしれませんが、ことボーカルの処理については、ある程度機械的に処理できる法則を見いて出しておくと良いと私は考えます。

まずは、時間短縮です。

有限の時間の中で行われるミックスにおいて、最適解をより早く出すことはとても重要なことです。

次に、安定化です。

理論に従って、毎回のサウンド(特に歌のサウンド)を安定させれば、よりミキサーとしての認知も広がりやすくなります。

「○○さんに依頼すれば、こういうボーカルのサウンドに仕上げてくれる」

と紹介されて、その通りに仕上がる。というのは、案外見落としがちですが、顧客心理的に非常に大切なことなのです。

ほぼ「ミックスの正解」というものが提示されてしまっている現代において、アーティストやユーザーにミックスの特徴が「個性」と捉えてもらえる機会はごくわずかになっています。

大体は、「なんか変」という感想を抱かれます。

であれば、サウンドを高い水準で安定させることに心血を注いだ方が良いのではないかという提案です。

3マルチバンドの活用

帯域コントロールにおいて、マルチバンドの活用はもはや必須と言って良いでしょう。

帯域コントロールの必要性は前編にて解説した通りですが、ピークを作らず太い音を保つ他にも、重心を浮つかせないという目的もあります。

音程が高くなったり、叫んだりしてるシーンでは、どうしても音の重心が浮つきます。


重心が浮つくというのは、基音に対して倍音が出すぎている状態です。

もし重心を意識せずにミックスしているのであれば、即リファレンスをとって研究すべき課題です。

重心について詳しくは、今後記事にしようと思っています。

ボーカルにおいてこれらの問題を解決するにはマルチバンドで処理を行っていく必要があるのですが、このマルチバンドにおいては案外世界的にテンプレート化してきてしまっているのが事実としてあります。

もちろん言語的に差はありますが、方針は同じと言って良いでしょう。

①基音部

これは、純粋に基音のダイナミクス調整になります。

基音はピークにもなりやすいので、ある程度ピークリミッター的に処理しておくと良いかと考えられます。


②フォルマント(900〜3kあたり)

母音のアタリは高いレシオ値でダイナミクスを切削し、声を安定させていくのが良いと考えられます。


③3〜7kあたり

いわゆるギラ付いたハイの部分です。

必要に応じてですが、ディストーションギターや弦楽器などなど、この帯域でボーカルを邪魔する楽器が入っており、この帯域を出さなければならない場合、不快なサウンドにならないようにプッシュするため、コンプレッサーで均しつつ出していくという感じです。


④7k以上

主に子音を強めに聞かせたいが、音は痛くしたくないという要望を叶えるのによく用いられます。

3・4つ目の部分をマルチバンドで行うのはヒップホップが多いですね。

普通のポップスボーカルであれば、3・4の帯域にあらかじめ良いキャラクターを持ったコンプレッサーを使ってしまうのが一般的です。

いわゆる1176、LA-2A、CL-1B、などの定番ものです。

これらはプラグインとしてもシュミレートしたものが出ていますので、一度は試しておいて良いでしょう。

4複数のコンプレッサーを用いる利点

なんとなくで複数のコンプレッサーを使用している方が結構いらっしゃるように感じます。

なんとなくで使用するのであれば、音質劣化を避けるために使わない方がマシになってしまいますので、しっかりと目的意識を持って複数のコンプレッサーを使用しましょう。

結局複数のコンプレッサーを使用するのは、キャラクターの付与に他なりません。

例えば1176とWavesC4であれば、1176で得られるクリアでキリッとしたハイ・超ハイと、マルチバンドによる基音とフォルマントのバランスの両立などです。

他には、Aという処理とBという処理を素早く行いたい場合、同じコンプレッサーを2つ刺して行うよりは、Aが得意な機種、Bが得意な機種と2種のものを使用する方が早く、クオリティーも高くなります。

つまり、それぞれの機材が持つキャラクターをしっかりと把握して使用すれば、意図した地点に短時間で到達することができるようになるのが、複数のコンプレッサーを使用する利点になります。

5前・後編のまとめ

はい、ここで前・後編通してのまとめをします。


前編では、現代におけるミックスの指針や、言語的差異に付いて学びました。

後編では、それらに対し如何にフレキシブルに、素早く対応し、安定したクオリティーを出していくかに付いて学びました。

通して言えることは、常に「ユーザーファーストなサウンドを忘れてはいけない」ということです。

我々ミキサーがこの先も必要とされていくためには、ユーザーとクリエイターの間に立ち、お互いの主張にうまく折り合いをつける第三者で居続けなければならないでしょう。

おおよそ、AIなどが発達し、技術的には我々ミキサーの必要性というのは薄れていきます。

しかし、音楽を作っているのも人間であり、また聞いているのも人間であるおかげで、我々ミキサーは必要とされているのです。

そして逆説的に考えれば、このミックスエンジニアが必要とされるという事実自体、形骸化した現代音楽において非常に音楽的な要素なのではないかと私は思っています。

ボーカルコンプレッサーひとつの所作もそういった意識で行えば、クオリティーの高いサウンドに向かっていくでしょう。

最後に、私がお勧めするリファレンス曲を紹介しておきます。

これらの曲は、ミックスにおける良い悪いでも、好き嫌いでもない「正解」です。

悔しいですが、この事実を受け入れ、我々も頑張っていきましょう。

Carly Rae Jepsen – Happy Not Knowing
非情なまでにフラットで、一切のピークや滞留を排除したサウンド。
まさに完成された音。
Taylor Swift – I Forgot That You Existed
フラットでピークや滞留がないのはもちろん
テイラーの歌い方は喉発声で日本語っぽく、ボーカル処理のリファレンスとしても役にたつ。
Khalid – Talk
滑らかなサウンドは当たり前だが、
この曲の特筆すべきは異常なサウンドレンジである。
※同KhalidのUp All Nightの方がさらにレンジは広いが、スネアの処理が特殊なためTalkを紹介。

以上で前後編に渡った解説を終えます。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

皆さんのミックスライフがより良いものになるよう、願っております。

うにお

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